
「あれ、また鍵をどこに置いたっけ」「人の名前が、すぐに出てこない」。
年齢を重ねると、こうした物忘れが増えてきます。
そのたびに、「これって、認知症の始まりなのだろうか」と、不安がよぎる方も多いのではないでしょうか。
結論から言えば、物忘れがあるからといって、必ずしも認知症とは限りません。
国立長寿医療研究センターも、「もの忘れ(記憶の障害)があるからと言って必ずしも認知症とは限らない」とはっきり述べています。
加齢による自然な物忘れと、認知症による物忘れとの間には、見分けるための境界線があります。
この記事では、加齢による物忘れ・軽度認知障害(MCI)・認知症という3つの段階を整理しながら、両者の違い、家庭でできるチェックの視点、受診の目安、そして今日から始められる予防の考え方までを、公的機関の情報にもとづいて、ていねいにお伝えします。
読み終えるころには、漠然とした不安が、具体的な「見るべきポイント」に変わっているはずです。
加齢による物忘れと認知症の決定的な違い
まず、いちばん大事なところから。
加齢による物忘れと、認知症による物忘れは、「忘れ方」が根本的に違います。
加齢による物忘れは、体験の「一部」が抜け落ちるものです。
たとえば、「朝ごはんに何を食べたか」を思い出せない。
これは、食べたこと自体は覚えていて、メニューという一部分だけが出てこない状態です。
ヒントをもらえば「ああ、そうだった」と思い出せることも多くあります。
一方、認知症による物忘れは、体験の「まるごと」が消えてしまうものです。
「朝ごはんを食べたこと自体」を忘れ、「まだ食べていない」と主張する。
体験した事実そのものが記憶から抜け落ちているため、ヒントを出しても思い出せません。
この違いを、いくつかの観点で整理すると、次のようになります。
| 観点 | 加齢による物忘れ | 認知症による物忘れ |
| 忘れる範囲 | 体験の一部(メニューなど) | 体験の全体(食べたこと自体) |
| 自覚 | 忘れている自覚がある | 忘れたこと自体に気づきにくい |
| ヒントの効果 | 思い出せることが多い | 思い出せないことが多い |
| 進み方 | ゆっくり、大きく悪化しない | じわじわと進行していく |
| 日常生活 | 支障はほとんどない | 支障が出てくる |
もっとも大切な見分けどころは、「日常生活に支障が出ているかどうか」です。
物忘れがあっても、買い物ができ、料理ができ、薬を管理でき、これまでどおりの暮らしが送れているのなら、それは加齢の範囲であることがほとんどです。
見落とされがちな「MCI(軽度認知障害)」という中間段階
加齢による物忘れと認知症のあいだには、MCI(軽度認知障害)と呼ばれる段階があります。
ここを知っておくことが、早めの対応につながります。
MCIとは、認知機能の障害はあるけれど、日常生活はまだ自立して送れている状態のこと。
国立長寿医療研究センターは、認知機能の障害と日常生活の支障という2つの軸で、次のように整理しています。
| 段階 | 認知機能の障害 | 日常生活の支障 |
| 正常 | 年相応 | なし |
| 軽度認知障害(MCI) | あり | なし |
| 認知症 | あり | あり |
MCIが重要なのは、この段階で気づいて手を打てば、進行を抑えたり、正常に戻ったりする可能性があるからです。
健康な人に比べると、多くの工夫や対策が必要にはなりますが、日常生活はなんとか自立して送れる。
だからこそ、「まだ大丈夫」と見過ごされやすい段階でもあります。
「最近、少し様子が違う」と感じたら、それは加齢とも認知症とも言い切れない、この中間の段階かもしれません。
決めつけずに、まずは変化に気づくことが第一歩です。
家庭でできる18項目のチェックリスト
では、どんな変化に注意すればよいのでしょうか。
国立長寿医療研究センターが、もの忘れ外来の受診者向けに使っているチェックリストが参考になります。
これは、本人の状態をよく知る家族が答える形式のものです。
現在ある症状に、いくつ当てはまるか見てみてください。
- 同じことを言ったり聞いたりする
- 物の名前が出てこなくなった
- 置き忘れやしまい忘れが目立ってきた
- 薬の管理ができなくなった
- 以前はあった関心や興味が失われた
- だらしなくなった
- 日課をしなくなった
- 時間や場所の感覚が不確かになった
- 慣れたところで道に迷った
- 財布などを盗まれたという
- ささいなことで怒りっぽくなった
- 蛇口・ガス栓の閉め忘れ、火の用心ができなくなった
- 複雑なテレビドラマが理解できない
- 料理の手順が悪くなった
- 機械の操作が覚えられない・使い方を忘れる
- 思考が遅くなった、判断力が落ちた
- 夜中に急に起き出して騒いだ
- 幻覚を見る
とくに注意したい5項目
このセンターが、診断結果と照らし合わせて分析したところ、18項目のうち、認知症との関係がとくに深い5項目が分かっています。
それが、次の5つです。
- 1. 同じことを言ったり聞いたりする
- 4. 薬の管理ができなくなった
- 5. 以前はあった関心や興味が失われた
- 8. 時間や場所の感覚が不確かになった
- 18. 幻覚を見る
「ある」の項目が多い方、とくにこの5項目に当てはまる方は、早めに専門医療機関を受診することがすすめられています。
逆に言えば、これらに当てはまらず、当てはまるのが「物の名前が出てこない」程度であれば、加齢の範囲であることが多いと考えられます。
どこに相談すればいい?受診先と検査の流れ
「受診したほうがよさそうだ」と思ったら、次はどこへ行くか、です。
相談先としては、「もの忘れ外来」「認知症専門外来」が専門的です。
診療科としては、神経内科(脳神経内科)、精神科、脳神経外科などが対応しています。
どこがいいか迷うときは、まずかかりつけ医に相談するのが、いちばん確実です。ふだんの様子や持病、飲んでいる薬まで知っているかかりつけ医は、適切な専門機関へ橋渡しをしてくれます。
もの忘れ外来では、たとえば次のような検査が行われます。
- 問診・診察:本人と家族から、症状や生活の様子を聞く
- 神経心理学的検査:記憶や判断力など、どの認知機能がどの程度障害されているかを調べる
- 血液検査:物忘れの背景に、別の病気が隠れていないかを確認する
- 頭部MRI:脳の萎縮や、脳梗塞の有無などを画像で調べる
- 脳血流の検査:脳のどの部分の働きが低下しているかを画像で調べる
これらの結果を総合して、認知症かどうか、そうであれば原因はどの病気か、といった診断が行われます。
「治療できる物忘れ」もある
見逃してはいけないのが、物忘れの原因が、認知症以外の病気であることもあるという点です。
たとえば、甲状腺の働きの低下、ビタミンの不足、うつ、薬の影響、正常圧水頭症などは、適切に対応すれば改善が期待できるものです。
「どうせ年のせいだから」「認知症なら仕方ない」と受診をためらっているうちに、治せるはずの原因を見逃してしまう。
これは、いちばん避けたいことです。
受診は、認知症を宣告されに行くのではなく、原因をはっきりさせに行くものだと考えてください。
認知症は予防できる?最新研究が示す方向性

ここまで読んで、「では、認知症は防げないのか」と感じた方もいるかもしれません。
近年の研究は、そうとは限らないことを示しています。
医学誌『ランセット』の国際委員会は2024年、生活の工夫や治療によって改善できる14の危険因子に取り組めば、認知症の約4割は予防、あるいは発症を遅らせられる可能性があると報告しました。
これは、認知症の一部が「避けられない運命」ではなく、日々の暮らしで働きかけられる部分を持つ、ということを意味します。
日本人を対象にした解析でも、寄与の大きい因子として、難聴・運動不足・高いLDLコレステロールなどが挙げられています。
難聴が上位に来るのは意外に思えるかもしれませんが、聞こえにくさが会話や社会参加を減らし、脳への刺激が乏しくなることが関係すると考えられています。
今日から取り組める5つの習慣
難しく考える必要はありません。危険因子を減らす暮らしは、そのまま健康的な暮らしです。
- 耳の聞こえを大切にする:聞こえにくさを感じたら、我慢せず耳鼻科へ。必要なら補聴器も選択肢に
- 体を動かす:ウォーキングでも、週2回の軽い筋トレでも。動く習慣が脳を守ります
- 人と関わる:会話、趣味の集まり、地域の活動。人とのつながりは、強い予防因子です
- 生活習慣病を整える:高血圧・糖尿病・脂質異常は、治療でコントロールする
- 頭を使う楽しみを持つ:読書、手仕事、新しい学び。「面白い」と思えることを続ける
大切なのは、ひとつだけに絞らず、いくつかを一緒に、無理のない範囲で続けること。
近年は、運動・食事・社会参加などを組み合わせて取り組む「多因子介入」が注目されています。
認知症とわかったら——本人と家族への支え
もし、検査の結果、認知症とわかったとしても、それで人生が終わるわけではありません。
早い段階でわかれば、進行をゆるやかにする工夫をしたり、これからの暮らしを準備したりする時間が持てます。
大切なのは、正しく知り、支えを得ながら向き合うことです。
- 一人で抱え込まない:家族だけで抱えると、心も体も疲れ果ててしまいます。早めに周りに助けを求めましょう
- 地域包括支援センターに相談する:介護保険サービスの利用や、これからの暮らしの相談ができる、いちばんの窓口です
- 介護保険を活用する:デイサービスや訪問介護など、本人と家族を支えるサービスがあります
- 本人の気持ちを尊重する:できないことを責めず、できることを大切に。本人の尊厳を守る関わりを
- 家族の休息も大切に:介護する側が倒れては元も子もありません。ショートステイなどを使い、休む時間も確保しましょう
認知症になっても、周りの支えと工夫があれば、その人らしい暮らしを続けられます。
「認知症=何もできなくなる」ではありません。正しい知識と、地域や制度の支えを味方に、本人も家族も、無理なく過ごせる形を探していきましょう。
よくある質問(Q&A)
Q. 物忘れが増えましたが、受診すべきか迷います。
A. 「日常生活に支障が出ているか」が目安です。
買い物や料理、薬の管理などがこれまでどおりできていれば、加齢の範囲のことが多いもの。
ただ、心配なら、かかりつけ医に相談を。
受診は「原因をはっきりさせる」前向きな一歩です。
Q. 家族に受診をすすめても、嫌がります。
A. 本人は不安から拒むことがあります。
「年齢的にみんな受けるものだから」「一緒に健康チェックに行こう」と、責めずに誘う工夫を。かかりつけ医から話してもらうのも一つの方法です。
Q. 認知症は遺伝しますか?
A. 一部に遺伝が関わるタイプもありますが、多くは生活習慣など、さまざまな要因が関係します。
過度に心配するより、運動・食事・人との交流・生活習慣病の管理など、予防につながる暮らしを心がけましょう。
Q. 予防に、いちばん効くのは何ですか?
A. ひとつだけの特効薬はありません。運動、人との交流、聞こえのケア、生活習慣病の管理などを、いくつか組み合わせて続けることが大切です。
「健康的な暮らし」そのものが、いちばんの予防になります。
早めに気づいて正しく向き合う
物忘れは、こわがるものではありません。
まず知っておきたいのは、加齢による物忘れは「体験の一部」を、認知症による物忘れは「体験そのもの」を忘れるという違いです。
そして、判断のいちばんの手がかりは、日常生活に支障が出ているかどうか。
家族の様子に「あれ?」と感じたら、18項目のチェックリスト、とくに5つの重要項目を思い出してみてください。
当てはまるものが多ければ、かかりつけ医に相談し、もの忘れ外来へ。
早く気づくほど、打てる手は多くなります。
治せる物忘れを見逃さないためにも、受診は「原因をはっきりさせる」前向きな一歩です。
不安なまま抱え込むより、正しい知識を手に、落ち着いて向き合う。
それが、自分と大切な人の、これからの毎日を守ることにつながります。
<参照>
厚生労働省「認知症施策」(認知症の基礎知識と相談先) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
国立長寿医療研究センター「もの忘れと認知症」(加齢・MCI・認知症の違い、18項目のチェックリスト、重要な5項目、検査の流れ)
https://www.ncgg.go.jp/hospital/navi/40.html
国立長寿医療研究センター「認知症の予防」
https://www.ncgg.go.jp/dementia/prophylaxis/
国立長寿医療研究センター「認知症の危険因子と運動による予防」
https://www.ncgg.go.jp/ri/labo/22.html




